島田清『兵庫県での古文庫印』(土俗趣味社、1947/昭和22)

洋紙仮綴じ(後補か)。23.5×16.6㎝。謄写版。料紙は使用済み罫紙等を二つ折りにして裏面(ウラ白)を使用。扉は表紙と同。ウラ丁に目次と刊記。末尾に「昭和二十二年一月二十三日稿」。
CiNii Books によれば、所蔵館は以下のとおり。本記事は、大阪大谷大学図書館澤田文庫所蔵本による。
【表紙】
「温古志叢書 第一編/島田清著/兵庫県での古文庫印/土俗趣味社」(謄写)
【刊記】
「昭和二十二年三月廿五日印刷/昭和二十二年四月一日発行(非売品)/著者 兵庫県穴栗郡山崎町鹿澤 島田清/印刷兼発行者 愛知県中島郡起町字三條 加賀治雄/発行所 愛知県中島郡起町字三條 土俗趣味社」
【目次】
一、兵庫県下の旧藩領 ・・・・・・ 1
二、県下諸藩の旧蔵書蒐集 ・・・・・・ 2
三、諸藩内の学校蔵書とその印影 ・・・・・・ 4
 (一)好古堂 ・・・・・・ 4
 (二)仁寿山黌 ・・・・・・ 6
 (三)本教舎 ・・・・・・ 7
 (四)飾磨県官立古学館 ・・・・・・ 9
 (五)姫路郷校 ・・・・・・ 11
 (六)敬業館 ・・・・・・ 11
 (七)学問所・思齊館 ・・・・・・ 12
 (八)明倫館 ・・・・・・ 13
 (九)姫路学黌 ・・・・・・ 19
 (十)生野学館 ・・・・・・ 19

【紹介】磯部敦:澤田四郎作のこと

 澤田四郎作をご存じだろうか。

 明治32年奈良県香芝五位堂の造り酒屋(現在の澤田酒造)に生まれる。郡山中学、六高、東京帝大医学部と進み、卒業後に大阪玉出で小児科を開業。そのかたわら民俗研究もおこない、柳田国男の助言もあって昭和9年に大阪民俗談話会(のちの近畿民俗学会)を創設。渋沢敬三折口信夫など澤田の有する人脈は、学会運営はもとより、宮本常一をはじめとする研究者の育成にも大きく影響した。昭和46年没。

 わたしが澤田をはじめて知ったのは、なら学研究会での近現代奈良県民俗調査史の報告を聞いたときだった。もっとも、そのときたまたま演習で谷崎潤一郎吉野葛』を読んでいたことから、わたしの記憶に残ったのは澤田ではなく花岡大学の郷土雑誌『吉野風土記』であった。たまたまその年から始まった非常勤先の図書館に同誌があったので借り出したところ「五倍子蔵書」印が捺されていて、調べてみたら澤田の号であった次第。そこには澤田文庫として澤田の旧蔵書籍資料類が収蔵されていたが、圧巻は数万枚におよぶ自筆の調査カード。その量と熱量の前に、わたしは書庫のなかで圧倒され、感動したのだった。すぐに研究会で澤田文庫のことを報告して会の共同研究テーマとし、ツテをたどって遺族とコンタクトを取って聞き取り調査をおこなったが、自筆原稿類を残して資料類は大学と遠野市立博物館に寄贈したのだという。ところで、澤田宅には遠近からの来客が多く、彼らをよく泊めていたこともあって同宅は「澤田ホテル」などと呼ばれていたが、来訪の際には芳名録に一筆署名することになっていた。訪問者の実際は澤田の私家版雑誌『五倍子雑筆』などからうかがえるのだが、ぜひとも現物を見たいと思っていたところ、昭和10年分一冊だけが遠野にあることが分かった。そこでさっそく電話で先方に連絡をとったところ、たまたま電話に出て応対してくれた学芸員さんが、なんと本学文学部の卒業生。たまたまも何度か続くと偶然とは思えなくなってくる。ともかく博物館を訪問し、念願の芳名録とご対面。柳田や渋沢、宮本はもちろん、雑賀貞次郎、大間知篤三、南木芳太郎、後藤捷一高谷重夫らの名前がならんでいたが、外見もまた興味深いものだった。麻生路郎自筆の題簽「奇縁壱年 二/路郎筆」を中央に貼付し、表紙に華やかな錦糸クロスを用いた装丁は、この芳名録が澤田にとって名簿以上の大事であったことを示している。澤田の交流は広範囲におよび、斎藤昌三や岡野他家夫、比嘉春潮、安江不空など挙げていけばきりがないのだけれど、こうした点と点とをつないでいた線(縁)こそが、澤田の私家版出版という営みであったように思う。一冊一冊、顔の見える範囲で書物雑誌を送るのは取次経由ほどの拡がりは見込めず、むしろ縁の固定化を志向するものであるだろう。では、縁の拡散と私家版流通の相関、研究組織運営との相関ありやなしや。澤田の営為は出版史的にも興味深いものがある。

 さて、如上の交流の一方で、澤田は関東大震災で住処を失い、大阪移住後は研究を育む「場」としての澤田家を根っこで支えていた妻を戦前に亡くす(佐藤健二柳田国男の歴史社会学』)。戦時には軍医として渡満し、戦後はシベリアに二年抑留。その間、日本で家計を支えていた長女を帰国後すぐに亡くすのであった。悲喜時々、澤田とともにあってまた支えていたのが遠近の人びとであり、民俗への興味情熱であった。そうした澤田の人となり、旧蔵資料、研究の特徴などについて、なら学研究会ではパンフレット『「知」の結節点で 澤田四郎作 人・郷土・学問』を作成し、ウェブサイト「なら学研究会」で公開した。興味の向きは、ダウンロードしてご覧いただきたい。

 最後に、澤田没後に編まれた追悼文集『澤田四郎作博士記念文集』所載、村田熙(鹿児島民俗学会)による「沢田四郎作先生を偲ぶ」の一節を紹介して終わろう。村田の指摘が医者を本業とする澤田みずから見さだめた分であるのかどうかはさておき、研究者として、学会運営者として、若手後進の育成者として、そして人と人とをつなぐ媒介者としての澤田をみごとに言いあらわしているように思う。

——失礼な言い方だが、私は先生から民俗学をどう学ぶかということをきいたことはない。しかし、民俗をいかに楽しむかということは機会ある度に教えてもらったようである。

 

#『奈良女子大学日本アジア言語文化学会報』61(2017.11、p.1)に掲載

【記事】関西新聞雑誌同盟懇親会(明治29.5.3)

※記事中の句読点は磯部
明治29年5月3日『新大和』

関西新聞雑誌記者懇親会 同会は既記の如く本日奈良倶楽部に於て開会す。今其準備に係る順序を略記せば、午前十時浅茅か原に会集し、打揃ふて春日神社に参詣し、同神社の宝物を拝観して倶楽部に至り宴会を催し、夫れより春日山大杉、蝙蝠の窟、七本杉、月日磐等を巡覧して嫩草山の麓に出て手向山八幡宮に参詣して同神社の宝物を拝覧し、了て東大寺三月堂の乾漆仏を見、二月堂大仏殿等の内陣入をなして随時退散の予定なり。因に此会を当地に開くとの説あるや、有志者は続々物品寄贈の申込みありしも、同会幹事は其厚意を謝して同物品寄贈は悉く断りたり。

明治29年5月5日『新大和』

関西新聞雑誌同盟懇親会 同会は予記の如く一昨三日奈良倶楽部に於て開会。朝来曇天なりしにも拘はらず陸続として踵を接し一同浅茅が原遊園に会合。同処に於て会員章及ひ名所巡覧枝折を配布し、各席に暫時休憩の上、打揃ふて公園内の藤花を賞観しつゝ春日神社に参拝、同神社林檎庭に於て神楽を奏し、宝物を拝観し、夫れより奈良倶楽部に至り宴席に列するや、先づ当日の幹事大阪朝日新聞社の上野理一氏は、本会は大阪に開く可き筈の所同地は紅塵万丈清遊に適するの地なく、幸に新緑藤花の候なるを以つて之れを当地に移して開会せしなりと。簡単に挨拶し、次に来会者惣代として京都日出新聞社の中川重麗氏答辞を述べ、次に大阪毎日新聞社の丸山通一、大阪朝日新聞社の奥沢信行氏等の演説あり。余興として、東京の講談師桃川若燕の観光の為め当地に来りしを聘して、義士銘々伝、赤垣源蔵徳利の由来を講演せしめ、宴酣なるに及んで、東京柳巷新聞京都出張員として来会せし藤沢浅次郎氏のステヽコ踊あり。各自十二分の歓を尽し、夫れより予定の如く各名勝宝物等を巡覧し退散せしは点燈頃なりし。即ち当日の来会者は左の如し。

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【紹介】『吉野風土記』(吉野史談会)

  • 概略
  • 吉野風土記発刊のことば(第1号、p.1)
  • 吉野史談会会則(第1号、p.36)
  • 吉野風土記編集企画(第2号掲載)と実際の特集

この雑誌の目次については次を参照。

概略

 『吉野風土記』は、大淀高校教員であった花岡大学Wikipedia)と同校歴史研究部が主体の吉野史談会の機関誌。判型は、1〜28号はB5、29号のみA5になっている。9・10・12・29号、15号表紙が活版印刷であるのを除いて、ほかは謄写版である。寄贈分100部を含めた500部作成。

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【目次】『吉野風土記』1〜29号(吉野史談会)

奈良県立図書情報館、大阪大谷大学図書館澤田文庫、帝塚山大学図書館所蔵本をもとに作成。この雑誌の概略については次を参照。

  • 第1号(1956.7)
    • 奥付
    • もくじ
  • 第2号(1956.10) 特集:吉野の伝説物語
    • 奥付
    • もくじ
  • 第3号(1957.2) 特集:大峯論争
    • 奥付
    • もくじ
  • 第4号(1957.5) 特集:吉野山あちこち
    • 奥付
    • もくじ
  • 第5号(1957.9) 特集:吉野の民俗語
    • 奥付
    • もくじ
  • 第6号(1958.1) 特集:吉野秘史
    • 奥付
    • もくじ
  • 第7号(1958.3) 特集:後南朝史の研究
    • 奥付
    • もくじ
  • 第8号(1958.6) 特集:続後南朝史の研究
    • 奥付
    • もくじ
  • 第9号(1958.7) 特集:大峰山女人禁制考
    • 奥付
    • もくじ
  • 第10号(1958) 特集:吉野の古譚
    • 奥付
    • もくじ
  • 第11号(1959.4) 特集:宗信法印の研究
    • 奥付
    • もくじ
  • 第12号(1959.7) 特集:吉野万葉地理
    • 奥付
    • もくじ
  • 第13号(1959.11) 特集:吉野群山夜話
    • 奥付
    • もくじ
  • 第14号(1960.2) 特集:吉野川
    • 奥付
    • もくじ
  • 第15号(1960.10) 特集:天川炉話
    • 奥付
    • もくじ
  • 第16号(1961.7) 特集:大台ヶ原山
    • 奥付
    • もくじ
  • 第17号(1962.9) 特集:吉野のかわった行事
    • 奥付
    • もくじ
  • 第18号(1963.1) 特集:吉野から滅びゆくもの
    • 奥付
    • もくじ
  • 第19号(1963.6) 特集:奥吉野の人文模様
    • 奥付
    • もくじ
  • 第20号(1963.10) 特集:吉野の古老に聞く
    • 奥付
    • もくじ
  • 第21号(1963.12) 特集:日本狼物語
    • 奥付
    • もくじ
  • 第22号(1964.5) 特集:下市の箸
    • 奥付
    • もくじ
  • 第23号(1964) 特集:天誅組の研究
    • 奥付
    • もくじ
  • 第24号(1964.12) 特集:吉野二十話
    • 奥付
    • もくじ
  • 第25号(1965.4) 特集:吉野の天狗
    • 奥付
    • もくじ
  • 第26号(1965.7) 特集:吉野の庭
    • 奥付
    • もくじ
  • 第27号(1965.9) 特集:吉野地名考察(1)
    • 奥付
    • もくじ
  • 第28号(1965.10) 特集:続吉野地名考
    • 奥付
    • もくじ
  • 第29号(1966.10) 特集:続吉野地名考・吉野の水
    • 奥付
    • もくじ
  • 別冊(1968.10)『無人村の区長と石堂谷』(山本静香編)
    • 表紙
    • 奥付
    • もくじ
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【目次】『日本出版学会会報』1〜13号

  • 1号(1969.8)
  • 2号(1969.12)
  • 3号(1970.5)
  • 4号(1970.9)
  • 5号(1971.1)
  • 6号(1971.4)
  • 7号(1971.7)
  • 8号(1971.10)
  • 9号(1972.1)
  • 10号(1972.5)
  • 11号(1972.9)
  • 12号(1973.1)
  • 13号(1973.4)
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【紹介】『奈良市史』通史編3・4

奈良市ホームページで、『奈良市史』通史3(近世編、1988)と通史4(近代編、1995)がPDF公開されています。

一巻を一括しての公開ではなく、節ごとでの公開になっています。