【紹介】『吉野風土記』(吉野史談会)

この雑誌の目次については次を参照。

概略

 『吉野風土記』は、大淀高校教員であった花岡大学Wikipedia)と同校歴史研究部が主体の吉野史談会の機関誌。判型は、1〜28号はB5、29号のみA5になっている。9・10・12・29号、15号表紙が活版印刷であるのを除いて、ほかは謄写版である。寄贈分100部を含めた500部作成。

 平井良朋「近時刊行の近畿地区地方誌(九)—奈良県の場合ノ二(昭和卅六年以降の地誌)—」(『ビブリア』30、天理図書館、1965.3)は同誌を次のように評する。

吉野郡では昭和卅一年頃から大淀高校内に〈吉野史談会〉がおかれて真摯な活動を続けている。同会は本来同校の歴史研究会が中心となつて発展したものであるが、現今ではただに学内活動にのみ留まらず、地元の郷土研究家が協力し、大学や有力な研究所のない当地域における研究活動の中心となつている。会員は専門家・研究家・教員・学生々徒・一般市民の好事家なども混つているため、会誌『吉野風土記』(年四回刊、B6、平均四〜五〇頁)の内容は玉石混淆の感をうけるが、目下急速に変貌しつつある郡下の諸事情を記録して後代に遺す有意義な出版物であり、中心編集者たる花岡大学氏や学生諸氏の努力を多とするものである。(p.65)

 平井が指摘する「大学や有力な研究所のない当地域」云々は史談会員も意識するところであったらしく、たとえば20号(1963.10)編集後記「南枝録」では、

魚目拾遺(10)の吉野の文化運動については全く同感。吉野にも学界みたいなものがあって、歎異抄のいう由々しき学匠とまでは行かなくとも、曰く吉野郡社会科教育研究会・曰く吉野郡社会科研究会があって、郡の教育研修会とバラン/\の活動をしている。自主的・同好的という隠れ蓑を着てはいるが未だ実績があがっていない。有能の士も多いのだから、吉野風土記乃至は吉野史談会をもりたててほしく思う。

編集・発行・発送・会計・広告・原稿募集・編さん会議をもっと強化を要すると思う。史談会の組織の再編成と共に、夫々の責任を確立する必要もあるように思う。郡内には大学がないので、大淀高校・吉野工業高校・吉野林業高校・十津川高校の提携とネットワークもほしいと思う。郡内町村教委とのタッチもうまくせなければなるまい。(山本静香稿)

とある。「吉野の文化運動」云々とは、19号(1963.6)編集後記に記された花岡大学の構想で、吉野史談会の組織強化、あるいは吉野や下市、大淀町教育委員会推進による講座開講等をすることで「地元の文化的な啓蒙にとどまらず、それこそそとの人たちの吉野への認識を新にしいろんな面で結局は吉野の発展といつたところへはねかえつてきそうに思える」というもの。『吉野風土記』の目指すところ、立ち位置が奈辺にあったかは上記より明らかである。そうした花岡の思いに共感してのことか、同誌賛助者名簿や巻末広告には地域住民や地域商店がきわめて多い。

 著名人では、司馬遼太郎吉川英治などがかかわっており、どちらも花岡大学の有する人脈によることころも大きかったようである。第2号掲載「吉野史談会会員誌友名簿」には「顧問」として、
 木村剛輔(東京教育大学教授)
 岸田日出男(郷土史家)
 藤岡玉骨(俳人
 木村鷹之助(下市町長)
 多間義松(大淀町長)
 阪本昇三(吉野町長)
 仲川房次郎(代議士)
 前田正男(代議士)
 森下音吉(県会議員)
 森栄太郎(県会議員)
 友田楢蔵(県会議員)
 林巽(大淀高校長)
 岸田定雄(吉野高校)
 中元完二(医学博士)
の14名が列記されており、つづいて「会員」21名、「誌友」158名、「編集部」6名、「歴史部員」18名が載る。第7号「賛助会員名簿」(2号でいう「会員」)には26名掲載されているが、8号では30名、12号では40名、13号では41名、14号では47名と、着実に会員を増やしていった。12号には吉川英治の名も見えるが、吉川には5号より寄贈していたようで、11号には次のような記事が見える。

吉川英治先生の激励/吉川英治先生には、五号から本号をお送りしておりましたが、是非創刊号から揃えたいし、大切に保存しているので、何とかしてくれとのたってのお願いがあり、後援会費として、金弐阡円也を、お送り下さいました。/高明で多忙な先生だけに、こういうプリントの地方雑誌にまで眼を通していてくれるのかと思えばうれしく、いよいよ懸命に努力しつづけないと思ったことでした。記してお礼申上げますと共に、今後の仕事の継続をおちかい申上げたいと存じます。(p.53)

 第2号掲載「吉野風土記編集企画」には30号までの特集予定が示されている。年4回の発行だから8年強の見通しを立てての活動であったが、実際の特集テーマは必ずしもこのとおりにはならなかった。その違いは以下の表「吉野風土記編集企画(第2号掲載)と実際の特集」を参照されたい。第28号(1965.10)を刊行したあとの1966年4月、花岡大学京都女子大学に着任することになった。次の29号が刊行されたのは一年後の1966年10月であったが、その背景を花岡は、29号掲載「魚目拾遺(12)」のなかで、
 (1)特集原稿の遅延
 (2)経済的理由による雑誌運営の困難
 (3)京都転任による吉野不在からくる不便
を挙げている。「地理的に吉野にすんでいなくとも、わたし自身の気持の上からは、吉野からはなれることができず、あくまでも最初のこゝろざし通り五十号をだすまでは、この雑誌をはなさないつもり」であるとして(29号「魚目拾遺(12)」)、文芸雑誌「まほろば」編集者の請川良太郎の助力を請うなどして運営を続けようとした。30号の特集テーマも「後南朝の地理的研究」として「岸田日出男先生の遺稿を、すでにいたゞいており、それだけで十分に一冊になる」と見込んでいたし、その後は「吉野の木地師」「吉野の古代史」を予定していたようだが、30号以降は刊行されていないようである。

 吉野史談会会員の山本静香(四郷中学校・天川中学校校長を歴任)が『吉野風土記』の姉妹誌として『新吉野拾遺』を発刊予定であることが、おなじく29号「魚目拾遺(12)」に触れられているが、現時点で確認できていない。山本は、後に「吉野風土記別冊」として『無人村の区長と石堂谷』を刊行している。目次については別エントリ「【目次】『吉野風土記』1〜29号(吉野史談会)」を参照されたい。同書奥付に「吉野風土記発行所 奈良県大淀町佐名伝 花岡大学内」とある。これが花岡のいう「姉妹誌」なのかもしれないが、『吉野風土記』別冊としての刊行は、同誌継続を願う山本の思いのあらわれといえようか。

吉野風土記発刊のことば(第1号、p.1)

 山をみても、川をみても、われわれの思いは、すぐ、ふるさとの山や川につながる。その山や川が、つねに、この国の長い歴史の流れに重要な関連をもち、しかも、ほかのどの地方のそれよりも、すばらしく美しいのである。
 われわれは、かゝるふるさとをもつことをほこり、そのなかでくらしている。えらばれたしあわせを知らないわけではない。だが、事実は、そのほこりやしあわせに、すこしばかりなれすぎていやしまいか。この道は、ただの道ではなく、この山はただの山ではない。この道この山この川には、われわれの血につながり、太古につゞくおびただしい人たちの、よろこびやかなしみが、音もなくたちこめているのだ。
 なるほどいそがしい日々ではあるが、その声に耳をかたむけぬということは、なれすぎの怠堕であり、つめたい不信のすがただといわねばならない。えらばれてこの土地にすまつているかぎり、われわれをつつむ山のみどりのあかるいさやぎや、しぶきをあげて流れるせゝらぎの音に、ふとたちどまつて耳をかたむけるなら、そのときわれわれひとりびとりの旨をついてかならずやひとしい感情がわき上つてくるにちがいない。ふるさとへのおさえがたい愛情——われわれは、それを心から信ずるものである。今われわれは、吉野風土記を発刊し、そのふかい郷土への愛情の下に、ふるさとがもつ太古からの声に耳をかたむけようというわけである。地域を『吉野』と限定したのは、それによつて握り合うわれわれの手に力を加えたいために外ならない。
   吉野県立大淀高等学校歴史研究部

吉野史談会会則(第1号、p.36)

吉野史談会々則
一、本会は吉野史談会と称する
二、本会の事務所を大淀高等学校に置く
三、本会は大淀高等学校歴史研究部会員を主体として、地域同好の士相集り郷土を中心とした歴史・地理を研究する事を以て目的とする
四、本会の事業は概ね左の通りである。
  一、毎月水曜日午後二時よりのクラブ活動
  二、研究調査見学
  三、機関誌『吉野風土記』の発行
  四、講演会
五、本会には、会長一名、理事三名、委員十名(内、常任理事五名)、顧問若干名を置き、会員は、普通会員、特別会員の二種とする
六、会長は理事会にこれを推薦して本会を代表し、理事は委員会に於て互選、編集、庶務、会計を分掌、委員会は会員の選挙によって、理事会之を嘱託、会務を処理する
七、役員の任期は一ヶ年とする。但し再任することが出来る
八、毎月一回例会を開く。会場などはその都度これを定める
九、毎月一回総会を開き、研究調査研究を行い会務の報告をする
十、会費は年額五百円とし、五百円以上の賛助者は、特別会員とする
十一、会員は本会の会合に出席し、研究調査、見学、機関誌その他の出版物の頒布などにつき便宜をつける
十二、本会則の変更には全会員の三分の二以上の同意を必要とする

吉野風土記編集企画(第2号掲載)と実際の特集
号数
特集(上段:予定特集、下段:各号特集)
1 万葉時代の吉野(万葉地理の研究)
(特集なし)
2 吉野の生産勤労動態(大淀高校一年社会科調査報告)
吉野の伝説物語
3 旧街道と新街道(主として伊勢街道を中心としての今昔)
大峯論争—女人禁制問題についての一万人の意見・大峯山の全貌—
4 大和平野導水路計画とその現況(開発事務所資料提供)
吉野山あちこち
5 吉野郡下各町村小字別人口調査(十年前の人口と比較)
吉野の民俗語
6 吉野群山(主として大台ヶ原山大峯山等の紀行文集)
吉野秘史
7 吉野の詩歌(詩、短歌、俳句、漢詩名歌集)
後南朝史の研究
8 天忠組の研究(発端より週末までの地理的研究)
後南朝史の研究
9 吉野杉の歴史と現況(説くに現況に重点をおいて調査
大峰山女人禁制考
10 吉野の鳥獣生態(専門学者及び地方研究者による興味深い記録)
吉野の古譚
11 吉野郡の宗教事情(各宗派別寺院、教会、信徒数調査)
宗信法印の研究
12 吉野山案内記(お客を案内していくのに役立つ平易な案内記)
吉野万葉地理
13 南朝秘話(読物としての特集)
吉野群山夜話
14 吉野の国宝(建物、仏像、その他の解説)
吉野川
15 古老に聞く(さまざまな問題について古老にきいた速記録)
天川炉話
16 吉野群下の交通状況(道路、バス、電車などの事情)
大台ヶ原山
17 吉野群、名士人名辞典(故人を主としかくれたる功績顕彰の意味をふくめて)
吉野のかわった行事
18 太古の吉野(紀記時代の吉野の研究)
吉野から滅びゆくもの
19 下市の箸(その歴史と現在の状況調査)
奥吉野の人文模様
20 吉野の古刹探訪(大淀高等学校歴史研究部員の探訪レポート)
吉野の古老に聞く
21 吉野のわらべうた(わらべ歌を主として各種民謡に及ぶ)
日本狼物語
22 吉野の民間伝承(伝説特集の続編)
下市の箸
23 龍門落城記(古文書を資料とした読物)
天誅組の研究
24 吉野の植物分布(専門学者、地方研究者の記録)
吉野二十話
25 吉野の民俗(風俗、習慣、迷信などの集成)
吉野の天狗
26 十津川村史(十津川村の歴史と現状について調査)
吉野の庭
27 随筆吉野(吉野にちなんだ各家の随筆集)
吉野地名考(1)
28 吉野川吉野川の魚類、筏、その他吉野川に関する研究随想)
続吉野地名考
29 郷土偉人伝(吉野群下のかくれたる偉人の顕彰)
続吉野地名考
30 大峯論争(大峯山についての女人禁制問題、紀行等を集める)
(なし)